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「杉本健吉展」 愛知県美術館

名古屋にある行きつけの喫茶店「KAKO」のマスターが「杉本健吉展、良かったでしょ?行った?」と帰名した際、話題となって、やはり行ってみることにしました。
「杉本健吉」画伯の名前だけは聞いたことがありましたが、日本画家なのか洋画家なのかさえも知らず、当然作風も浮かびません。

展覧会入口にあったのは大きな「幡」(ばん:仏教や神道で用いられる旗)。
杉本健吉が晩年に取り組み、中でも2005年の愛知万博にも出展された作品です。
私は地元にも関わらず、万博には一度も出かけずじまいでしたので、今回初めてお目にかかった訳ですが、それは見事な美しさで絵画としても工芸作品としても見ごたえがあります。

杉本健吉は、1905年名古屋に生まれ、その制作活動は図案家としてスタートしました。その後20歳で岸田劉生に指導を受け、本格的に絵画の道を進み始めます。
「図案家」「岸田劉生」、この2つは同じ日に行った碧南の「藤井達吉」と共通しており、愛知県で同時期に共通点を持つ画家の展覧会が重なるのも不思議な符丁だなと思いました。

その後杉本は、油彩画の技法に墨絵を融合させる作風を見出し、着実に杉本作品の個性を発揮し始めます。パステルと油彩、水墨画、水彩、挿絵、様々な手法を使うため、日本画、洋画といった枠を超えた活動を行います。この点も藤井達吉と重なる点です。

展覧会は以下の5部構成。
第1章 画家をめざして -図案家としての出発-
第2章 古都を描く -奈良での出会い-
第3章 新・平家物語
     ・吉川英治との二人三脚 ・編集者の配慮 ・人物の描き分け
第4章 世界を描く -世界を旅して 韓国での出会いー
第5章 生涯現役 -左吉の誕生 幡の自由さ-

印象に残った作品は
・「冬瓜とわさび」 1927年~30年頃
・「邪鬼」 1955年
・「大和風景」 1960年頃
などなど。

彼の政策意欲や社会への関心は、90半ばを過ぎても全く衰えを見せません。その好奇心こそが、長寿の秘訣ではないかと思わせるほど、晩年も制作意欲は失われず、次々に新しい作品を生みだしていくのです。

また、杉本健吉は吉川英治の連載小説の挿絵を担当し、その挿絵を見た時ようやく「昔、間違いなくこの挿絵を見た」という記憶がよみがえってきました。と同時にとても懐かしい気持ちになったのです。

こんなに素晴らしい作品を次々と世に出しているのに、叙勲を受けることなく99歳でその生涯を終えています。
最後の展示室に「勲章」というタイトルの作品がありました。袖なしの上着に自然界からの贈り物、たとえば貝殻を勲章として胸につけている。
本物の勲章が欲しかった、世間にもっと認めてもらいたかったという思いがあったのでしょうか。

藤井達吉同様に、もっと評価されて良い画家だと思います。

*6月1日まで開催中。

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