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「松岡映丘とその一門」 山種美術館

eikyu

山種美術館で開催中の「松岡映丘とその一門」に行って来ました。

まず、松岡映丘について、日本画家だとは思うがどんな作風だったか、どの一門に連なるのか、と問われたらまず答えられない程度の存在でした。
本年度(2008年度)は、松岡映丘の没後70年にあたるそうで、その節目として、映丘とその門下生たちの画業を振り返る展覧会として本展が開催されています。

松岡映丘のプロフィールであるが、この記事を書くに際して調べてみたら物凄いサラブレットであることが分かりました。
~ウィキペディアから
兵庫県の旧家である松岡家に生まれ、兄には医師の松岡鼎、国文学者、歌人、医師の井上通泰(松岡泰蔵) 、民俗学者の柳田國男、海軍軍人で民族学者、言語学者の松岡静雄がいる。この他にも夭折した兄弟がいるが、成人したのは映丘を含めて5人で、これが世にいう「松岡五兄弟」である。

柳田國男の弟!?苗字が違うので、まさか兄弟なんて夢にも思いませんでした。
しかも「松岡五兄弟」ってこれまで聞いたことはありませんでしたが、世にいうとあるからして、巷では常識だったのでしょうか。。。

それにしても兄弟そろって、医師、国文学者、民俗学者って凄いDNAですね。
そんな中、日本画家というのは異色な存在のようにも思えます。

ウィキペディアの続きを読むと、幼少期から歴史画を好み、最初は狩野派の橋本雅邦に学んだが、後に住吉派の山名貫義に入門して本格的に大和絵を研究するようになる。
1899年に東京美術学校日本画科に入学し、ここでは川端玉章、寺崎広業らの指導を受ける。また在学中に小堀鞆音や梶田半古、吉川霊華らの「歴史風俗画会」に参加している。
大和絵の復興に尽力し、東京美術学校教授として、多くの優秀な後身を育て、優秀な指導者でもあった。

とここまで、書いてまたつまずく。
よく「大和絵」って見かけるが、それはどんな絵を指すのだろう?
今でに基本的なことも分からないでいる私。
また、調べてみると、大和絵とは、時代によって指す意味は異なりますが、広い意味では中国画に対する日本画、特に平安から鎌倉時代 の絵巻などのような日本古来の絵画を指すようです。
と、なかなか定義づけは難しい。

さて、今回の展覧会で松岡映丘の作品はわずか5点。やはり歴史画が多いのですが、異色作として興味深いのは特別出品されている「千草の丘」でしょう。
モデルは新派女優の水谷八重子20歳の頃。
歴史画ではなく、生身のモデルの人物画です。鼻がリアルすぎたと作者が後に語ったとか。
脚注を見て、再度じっくり鼻を眺めましたが、特段違和感は感じませんでした。

お得意の大和絵技法の作品としては「春光春衣」が素晴らしい。
法華経や厳島経の見返しを参考にして手がけた作品は、砂子や切箔が使われ華麗に装飾されています。これなど見ていると、映丘が大和絵のどこに憧れたのか分かるような気がします。

映丘一門としては、山口蓬春、山本丘人、橋本明治、高山辰雄、杉山寧らの作品がありましたが、それら門下生の作品より、師である雅邦の「岩上遊鷹」や川端玉章「海の幸図」に心惹かれました。

同じく師である寺崎広業らの作品は、最奥の展示室に集められていますが、いつも通りこの部屋の密度が一番濃かったです。

展示室入口最初の服部有恒「淀殿」も顔立ちに淀のイメージが立ち上っていて、妙にリアルで忘れられません。

*3月1日(日)まで開催中です。

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まっつんママ様

こんばんは。
コメントありがとうございます☆

> そうした画家の成り立ちやこぼれ話にはなぜか心惹かれます。
⇒ 同感です。面白いエピソードなどは、作品よりそちらが記憶に残ることもしばしば。

まっつんママ様もふらりと絵を観に行かれてはいかがでしょう。
楽しい出会いがあるかもしれませんよ。
今後ともよろしくお願いいたします。

返信、拝見しました。

夫は現在53歳ですが、大学の卒業論文に「松岡映丘」を取り上げ、
父親といっしょに映丘ゆかりの地を取材旅行したそうです。

映丘が結婚した女性は林静野という門下生で、
たいそうモダンな人だったとか。
私はとんと絵画音痴ですが、
そうした画家の成り立ちやこぼれ話にはなぜか心惹かれます。

とにかく、これからもたくさんいい絵をご覧になって
紹介記事をバンバン書いてくださいね。
またのぞきに来ます♪

まっつんママ様

コメントお寄せいただきありがとうございます。
もしこの返信をご覧いただければ、嬉しいのですが。

この展覧会を機に、映丘がどんな人物であったか
その足跡を知ることが出来、しっかり頭に名前が
入りましたので、ご安心下さい。
他の美術館でも作品を見かけることはありますので
本展覧会の意義は私にとって十分あったと言えるのです。

遊行七恵さま

> 姫路文学館には松岡兄弟の事績を紹介するコーナーがありまして、なかなか面白いです。兄弟中、やはり彼が一番オシャレなスタイルでした。

⇒なるほど、興味深い情報有難うございます。
 兄弟の中で唯一芸術を志した映丘の人となりに関心ありです。
 清方と映丘がタッグを組んだら、すごく美しい大和絵ができそう。
 キラキラかしら。

No title

こんばんは
映丘は以前から好きな画家で、別な美術館で彼とその一門展の図録を手に入れたときは、本当に嬉しかったです。
清方と共に金鈴社を組んでいた頃の作品が特に好きです。

姫路文学館には松岡兄弟の事績を紹介するコーナーがありまして、なかなか面白いです。兄弟中、やはり彼が一番オシャレなスタイルでした。
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