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「中林忠良銅版画展-すべて腐らないものはない」 町田市立国際版画美術館

nakabayashi

仕事からみで町田に行くことになり、早めに終了したおかげで、帰りに町田市立国際版画美術館で開催中の「中林忠良銅版画展-すべて腐らないものはない」に立ち寄った。
ちょうど先週のNHK「日曜美術館」のアートシーンでも紹介されていたばかり。

中林忠良も初めて聞く版画家。
1937年に東京に生まれ、1959年に東京藝大絵画科に入学、当初油彩画を学ぶが、次第に油絵の具に違和感を覚える。そんな時、駒井哲郎と出会い、彼の銅版画に魅了され指導をあおぐことになる。
本展は、中林が銅版画と出会った1961年から現在に至る48年間の創作活動を7つの局面に分け、版画集も加え130点余りの作品で展観するものです。

冒頭に、銅版画を始める前の油彩「裸婦」1960年が創作への一歩として紹介されている。確かに上手いけれど、個性はあまり感じられない。よって私の印象にも全く残っていない。

7つの局面は以下の通り。
Ⅰ 版画事始め 1961-1967
Ⅱ 衆と個 1968-1972
Ⅲ 状況の受容と抵抗 1972-1975
Ⅳ あらためて原点の模索 1976-1978
Ⅴ Position-野辺へのレクイエム 1979-1995
Ⅵ 転位-版、位相の構造 1980-2001
Ⅶ 黒(暗)と白(明)の拮抗と調和 1995-2009

版画事始めの本当に最初の2点は駒井哲郎の影響が明らかであった。思わず駒井の作品かと思ったほど。
しかし、その後「根」「Nucleus]yorino便り」シリーズなどからすぐに個性があらわれ始める。
そこから先は、どんどん中林の版画世界に魅了されていくことになった。

どの局面の作品も私には好ましかった。
「Flower Age Ⅰ」 1968年の黄色のパンジー
「白い部屋」シリーズでは背景にベラスケスの「王女マルガリータ」が画中画として使用されていたり、シュールレアリスム的だったり、作者にとってかなり冒険的試みだったのではないか。

「囚われる風景」では「白い部屋」から一転して黒の量が増える。

1976年に恩師駒井哲郎の死に接し、その際に制作した「師・駒井哲郎に捧ぐ-碑」1976年は、他の作品とは一線を画していた。まさに駒井哲郎に捧げた墓標以外の何物でもない。
中林の悲しみが単純な構図にも関わらず作品から伝わって来た。

この駒井の死を契機に、作品は更に高みへと、深まっていくように感じた。
「Position」シリーズで見せる草花の枯死?なのか、時間が停止しているような印象を受ける。

そしてもっとも好きなのがシリーズ「転位-地」。1980年から「転位」と題するシリーズ作品の制作が始まり、現在2009年の最新作に至るまで継続している。
様々な転位シリーズの中でもっとも好きなのは「転位’04-地-Ⅰ」2004年、「転位'07-地-Ⅱ」。
黒と白の反転、分量、平面作品なのに立体的にも見え、奥はどこまであるんだろう?と思わせる遠近感の錯誤。
静かで、深くて、やはり時間が止まってしまったような感覚を受ける。

「Transposition-転位-Ⅲ 腐蝕過程Ⅰ」では、腐食液に銅板をつけこみ、2時間腐食ごとの過程を全18枚に刷りあげる。
時間の経過とともに銅板は溶けて、腐触34時間目に残された形は長くのびた丸のようになっていた。

版画集は全7点が展示されていた。どれも思わず欲しくなるような出来栄え。
「蝕海頌」(オリジナル版画集). シロタ画廊 Gallery Shiroma/, 1975
「大腐爛頌(オリジナル詩画集) 詩・金子光晴」 1975年 ギャルリーワタリ刊
この2つが特に良かった。
版画と詩というのは、なぜこんなにも合うのだろうか。

つくづく見ることができて良かったと思った。

本展のasahi.comの展評を見つけた。こちらをご覧ください。

*8月2日(日)まで開催中です。

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