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「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」 神奈川県立近代美術館 鎌倉

naitou

神奈川県立近代美術館 鎌倉にて開催中の「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」に行って来ました。

初日に行かれたLysanderさんのブログはこちら
私にとっては2007年入善町下山芸術の森発電所美術館「母型」、今年3月のギャラリー小柳「color beginning」に続いての展観である。

実際に展覧会を拝見してまず思うのは、内藤さんの作品を言葉にするのは非常に難しいということ。
言葉にしようとすればするほど、その本質がするりと自分の手の中から抜け出てしまうような感じ。
もがけばもがくほど、からまる。

がんじがらめの状態と内藤さんの展示は、もっとも似つかわしくないのだ。

したがって感想などあれこれ書かず、「気になる方は早めに行って来て下さいね。」とか「今回の展覧会は更に観客が少ない日や時間帯を狙った方がいいですよ。」などと現実的なアドバイスでお茶を濁したくなる。

しかし、尻尾をまいて逃げ込むのもブロガーとしてどうなのか、いや、時にはそんなことがあってもいいさと呟きつつ敢えて書くとすれば、一番広い展示室(チケット切ってもらって最初に入る部屋)≪地上はどんなところだったか≫は、内藤さんでしか作り上げられない空間になっていた。
この空間で各人が何を思い何を感じるかはそれぞれで、だからこそ内藤さんの作品は素晴らしいのだろう。

私の場合は、「葬列」、「葬送」という言葉が最初に浮かんだ。
次に浮かんだのは「浄土」。
この展覧会の前に入った鎌倉国宝館の「光明寺と浄土教美術」の影響か。

次の展示室では更に困惑が深まる。
たとえて言えば、無限の曼荼羅。

1階には≪精霊≫2009年、≪恩寵≫2009年が屋外展示されていた。

ちょうどこの日は秋晴れで、空を見上げたら展覧会のチラシ裏面にある畠山直哉氏撮影の≪精霊≫作品そのまんまの状態があった。
風によって青空を舞う真っ白なリボン-作品タイトル≪精霊≫。

新体操のリボン競技。
もっとましな感想はないのか!とあまりにも貧困な発想に悲しみさえ覚えた。

あまりにもミニマムな展示であるがゆえ、何か気付いていないことがあるのではないかとあちこち目を凝らして見てみる。
地上にあるガラス片でさえも作品に見えてくるから恐ろしい。

最初の展示室にも屋外にもジャムが入っているような瓶に水(だと思う)を入れたものが点在している。
展覧会タイトルの「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」は、ジョルジュ・バタイユ『宗教の理論』の一節。
ここ鶴岡八幡宮という神の宿る地と宗教理論の一節は必然なのか。

クリスマスツリーに飾りつけするようなオーナメント電球、コットンと思しき模様の入った布、小瓶に入った水、展示ケース、小さな小さな風船、肉眼で見えるか見えないか位の小さな透明の玉、薄く白い紙、白いリボン、刺繍風のリボン、小さな小さな透明ビーズ。
これらが内藤さんが作り出した世界を構成する目に見えるものたち。

目に見えないものたちは、各位で感じとっていただくしかない。
それこそが、内藤さんの展覧会に行く最大の楽しみだろうから。

<参考>
本展作品に関する内藤礼さんへの東京新聞インタビュー記事⇒こちら

*1月24日(日)まで開催中。

<アーティストトーク>
・1月11日(月・祝)午後2時より内藤礼氏によるアーティストトークが開催。
 申込不要。参加無料(ただし観覧券必要)

<図録>
・2007年発電所美術館で開催された「母型」展と同じく畠山直哉氏が撮影。 
 完成は11月下旬の予定。現在は完成次第発送の予約受付中。

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内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している

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 神奈川県立近代美術館 鎌倉館で開催中の「内藤礼 すべての動物は、世界の内にちょ...

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本日母子で勇気を出して行ってきました。
息子は思った以上にどっぷりはまっていました。
行かなきゃ分からない、体験しなきゃ分からない空間。
思う存分堪能させて頂きました。

ただこれはお友達親子は絶対に誘えませんわ。
子連れ鑑賞にはかなり難易度高しです。

テツ様

こんばんは。
ブログ拝見いたしました。
「場への捧げもの」「聖域性」
皆さん、次々に素晴らしい感想と哲学的、いや詩的な
ワードを繰り出されていらっしゃいますね。
そんな風に観賞者をさせてしまうのが、内藤マジック。
彼女以外にはできない作品です。

No title

内藤さんの作品は、鎌倉近美という「場」への捧げもののように見えたといったらよいでしょうか。空間全体に「聖域性」が感じられました。

mizdesign様

こんばんは。
皆さん、哲学的なことをおっしゃるので
訳が分からなくなってきました。
しかし、それだけものを考えさせ感じさせる
あの空間は簡素なようで実は凄いのでしょう。

呼吸

こんにちは。
他者の存在を前提とするところにとても魅力を感じました。
個人的には、呼吸のような存在感です。

lysander様

こんばんは。

> 河口龍夫さんの作品にも『もの』を感じたのですが、内藤礼さんの
> 作品にはもっと違った『もの』性があります。『もの』なんだけれど、
> 作品そのものには押しつけるところがないから、観る人にあれこれ
> インスピレーションを与えるのでしょう。それは詩といいかえてもい
> いのかもしれません。

詩!
それです、それ。
確かに内藤さんの作品は詩が似合う。韻律というべきか。
『もの』は確かにあり、押しつける所がないどころか、引き算すぎる
くらい密やかで、何だか見てはいけないものを見ているような気が
する程です。

『もの』の素材感は、むしろ強く伝わって来ます。
他の皆さんの感想も楽しみですね。

No title

memeさん
こんばんは

私は『もの』を観てきたような気がしています。

河口龍夫さんの作品にも『もの』を感じたのですが、内藤礼さんの
作品にはもっと違った『もの』性があります。『もの』なんだけれど、
作品そのものには押しつけるところがないから、観る人にあれこれ
インスピレーションを与えるのでしょう。それは詩といいかえてもい
いのかもしれません。

何を書いているのかわからなくなってきました。
これは賛否が分かれるでしょうね...
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