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「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」 松濤美術館

kaita

22歳で夭折した村山槐多の回顧展「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」を見に松濤美術館に出かけた。

明治・大正・昭和の夭折画家の中で私がもっとも好きなのは関根正一なのだが、この村山槐多の作品も今年になって三重県立美術館でデッサンやら詩やら今回も出展されている≪ピンクのラブレター≫などを拝見し興味が高まっていたところ、ちょうど良いタイミングで回顧展の開催を知り、矢も楯もたまらず出かけて行った。
(参考)過去ログ「未来への贈りもの 岡田文化財団寄贈作品展」三重県立美術館

本展でも過去ログの通り、三重県立美術館で拝見した村山槐多の一連の素描作品が展示されていたが、かの≪ピンクのラブレター≫の槐多が恋した相手は同じ中学の同級生であった美少年だっとは。。。
三重県美でこのラブレターを拝見した際には、「きよし」という名の女子生徒だとばかり思っていた。
まさか同性愛だったとは。
まぁ、美少年なら分からないでもないが、やはり早熟な人だったのだろうか。
しかし、槐多は同性愛嗜好であったわけでは決してない。
この後、モデルや三味線ひきの≪おばさん≫やらに恋をしているが、道ですれ違った女性に突然接吻を求めるなど奇矯な行動も目立つ。

ところで、22歳で亡くなってしまった槐多の作品数がそんなにあるのだろうか?という危惧は全く無用だった。

本展を拝見するまで知らなかったことが、いくつもあった。

<その1>村山は画家や詩人としてでなく作家としての仕事もいくつか残していた。
特に彼が作った詩と目の前にある絵画作品はどこか不一致な感じを受けたのは私だけだろうか。
彼の思いを詩に託し言葉にすると、若干その熱い思いが和らいでいるように思うが、キャンバスや紙に向かった時、彼の感情はそのまま作品にストレートに伝わっているのだ。
かの江戸川乱歩は槐多の殺人と怪異な小説作品に対し、「日本の最も優れた探偵小説のひとつだと考えている」と評価し、実際に槐多の≪二少年図≫を生涯書斎に飾っていた。
すっかり忘れていたが、先日神奈川県立文学館の「乱歩展」でこの≪二少年図≫を拝見したばかり。

<その2>版画家と言って良いのか山本鼎の従兄弟であり、山本の理解と協力を得て、小杉未醒に世話になっていたこと。
山本鼎なくして、槐多の短期間での美術活動や評価はあり得なかっただろう。

<その3>私が目下気になっている槐多と同時代の画家であった柳瀬正夢と交流があったこと。
この2人の交流については、著作もあるようなので一度読んでみたいと思う。

作品について感想をあげれば、油彩画や水彩画の彩色作品よりも、感銘を受けたのはデッサンであった。
彼のコンテ使用のデッサンの力強さはどこから来るのか。
特に、感じ入ったのは裸婦をはじめとする女性をモデルとしたデッサンである。
風景作品も秀作は多いが、やはり村山槐多の裸婦は彼にしか描けないように思う。
もっちりとして、肉感的で、作者の気持ちはモデルに伝わっているのか?

また、自身の自画像が何点かあったが、岸田劉生の影響が色濃く出ていたように思う。
槐多終焉の地になった代々木は劉生が写生をした場所としてつとに有名で、当時の画家たちに劉生がいかに影響を与え
ていたかを痛感した。

好きな作品は、≪スキと人≫、≪風船をつく女(A)≫、≪裸婦≫、≪自画像≫、≪天平の村≫、≪女の顔≫。
油彩では、≪芍薬≫、≪カンナと少女≫(下画像)、≪瓶のある静物≫。
kannna

解説パネルや略歴を見ると、村山槐多は常に恋をし、恋に破れ、精神と肉体を病んでいった男のような気がする。
恋に生き恋に死んだといったら極端に過ぎるだろうか。
無論究極的な貧乏生活も、健康をむしばむ要因だったことは違いないが、晩年の村山の詩や遺言には既に自分の命が長くないことが見て取れる。
そして、この命の短さ、生への執着を詩に託し、1日でも長く生きていたいという強い願いにも関わらず、最後は流行していたスペイン風邪が直接要因となって神に召された。

早熟の天才。

展覧会タイトルに使用されている「ガランス」は茜色のこと。
冒頭に紹介した関根正二が頻繁に使用した色は「ヴァーミリオン」。
同じ赤でも二人の夭折の天才が使用した赤色は微妙に違うのだった。

作品を比較すると、関根正二の方が繊細かつ神経質な性格だったのではないかと想像する。
両者の作品から受ける印象はまるで違う。

これでもかこれでもか!という気魄のような強く熱い精神性を村山槐多の絵には感じるのだった。
極貧の生活もガランスという色で塗りつぶせるかの如くタッチは強い。

会場には絵画だけでなく、多数のドローイングや手製ハガキなども多数出展されているので、絵画だけでなく村山その人の全仕事を振り返る内容になっていることが良かった。
また、展示室内のあちこちに村山槐多が作った詩が絵画作品と合わせて展示されており、彼がどんな気持ちで絵を描いていたのか、何を考えていたのかを観賞者も考えながら作品を見て行くとよいのではないだろうか。

私が訪問した日は、著作「詩人たちの絵」などでおなじみの信濃デッサン館主窪島誠一郎氏による講演会が開催されていた。何とか最後には間に合ったが、既に会場に入りきらないほどのお客様が聴講されていた。
しかし、この日は図録を購入すると窪島氏のサインを頂戴できたので、非常に嬉しかった。
こんなことなら自宅に置いてあった「詩人たちの絵」も持参すれば良かったかなとちと残念。
展示作品中デッサンの多くは信濃デッサン館所蔵のものだったので、折を見て行ってみたいと思う。

なお、本展図録がまた出来栄えが良くこれで2000円ならお買い得だと思う。会期終了近くなると売り切れの可能性もあるかも。また、前期・後期(以下)で数点の作品替えがあります。
また、展覧会チラシや図録のデザインが素敵なのだが、これは展示資料のひとつで槐多の絵葉書のデザインをモチーフにしているようだ。黒い太枠に×印で△面を4つ作り出した。槐多の名前のレタリング文字もかっこいい。

■会期 前期:平成21年12月1日(火)~27日(日)後期:平成22年1月5日(火)~24日(日)
■開館時間:10時~18時(入館は閉館30分前まで) (注)金曜日は、10時~19時です。
■休館日
平成21年12月7日(月)・14日(月)・21日(月)・24日(木)、平成21年12月28日(月)~平成22年1月4日(月)、1月12日(火)・18日(月)

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一村雨さま

こんばんは。
バラと少女も良かったです。
何度か見ていただけに、今回はデッサンの濃さが
印象深かったです。
槐多は熱い魂を持って人生を駆け抜けたのでしょうね。

No title

私は竹橋のバラと少女が昔から好きで、それで村山槐多を知りました。
若者の目前の死を意識することによって、生まれる情熱。
それは、見ていて痛いのですが、反面、大きな感動を与えてくれます。
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