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「ウィリアム・ケントリッジ展 ギャラリートーク&2回目」 東京国立近代美術館

金曜の夜間開館をねらって「ウィリアム・ケントリッジ展」の2回目とギャラリートークに途中から参加した。

*1回目の鑑賞記事はこちら

1月2日の本展初日に1回目に行き、その後1月10日のジェーン・テイラー氏の講演会を拝聴(この時は講演会だけ聞きに行った)し、2回目の鑑賞はギャラリートークのタイミングに合わせたのだった。上手く仕事が終わらず、途中参加になったのが悔やまれるが、やはりギャラリートークに参加して良かったです。
展覧会の図録をじっくり読めば良いのかもしれないが、東近美の担当学芸員の方のケントリッジ作品への熱い思いもしっかり伝わって来たし、文章だけでは伝わらないモノが聞き手にしっかり伝わって来ました。

以下、トークと講演会で印象に残った点です。
トークや講演会に行くことができなかった方に少しでも参考になれば幸いです(内容至りませんがそこはご容赦下さい)。

1.ケントリッジの映像作品制作過程と展示方法
「床の上に、映像カメラ、ドローイングペーパー、ポケットには消しゴムとストップウォッチ。
ある場面を描き、カメラで映像を撮影⇒再びドローイングを描く⇒映像⇒ドローイング」byテイラー氏。

この順番を見て、既に同展をご覧になられた方は、はたと思い当たる節があるのではないだろうか?
今回の展示方法と重なっていることに、ギャラリートークにより初めて気付いた。
映像作品の間にはドローイングの展示がサンドイッチされている。
それは、制作過程にも重なるが、「ケントリッジのモノクロ作品をイメージした展示」by学芸員氏。

「ケントリッジは、ストーリーボードや骨組みを用いず映像作品を作っていく。暫定的な分析により、何が不足しているのかを考え、描き加えていく手法を取る」byテイラー氏。

すなわち即興性、偶然性の高い制作方法が取られていることに着目したい。

更に、本日入手した「BIG ISSUE 135号」にケントリッジにアーティストのやなぎみわがインタビューした記事(これもケントリッジを知る上で興味深い)も拝見したが、ケントリッジは映像作品に至るまで油絵にも取り組んでおり、「油絵はもっとも難しかったことの一つで、自分がこう描きたいという期待と実際に描けたものとのギャップが如実で、いつも辛い思いをし、自分との闘いだった。」と回顧しているのが興味深い。

現在の制作方法を考えると、油絵は、即興性、偶然性、更には音楽との構築と今の作品の良さをもっとも反映しがたい技法なのかもしれない。

2.展覧会サブタイトル、展示方法と制作技法との関連
「サブタイトル『歩きながら歴史を考えるそしてドローイングは動き始めた・・・』はドローイングと撮影を行ったり来たりして、歩くという身体行動の中で、アイディアが浮かび作品に取り入れられて行くことを象徴したもの。「例えば、文章を書こうとして息詰まると、ちょっと外に散歩氏に行ったりしてそこで上手い考えが浮かんだりする経験を思い出して欲しい。」by学芸員氏。

「更に歩きながら考えるという点を重視し、最初の5つの映像が一度に流れている展示室には当初敢えて椅子を置かなかった。毎日来館者によるアンケートが本展担当である自分の机上にどさりと置かれ、その多くに『映像作品の展示室に椅子がないとか人が前を横切って遮られるのがうざい。』とかという声が寄せられているが、自分としては、『遮られたり、どっかり腰を据えて映像に浸るのではなく歩きながら鑑賞する』のもケントリッジ作品を見るひとつの方法だと思っている。」by学芸員氏。

なるほど~そういう意図があったとは・・・。確かに自分の初日に椅子がないので床座りして観ることになるとブログに書いた。2回目の鑑賞では、歩きながら観たり、どんどんチャンネルを変えてみたりと興味のおもむくままに観る方法を取ってみたが、2回目ということもあり、確かに違和感はない。

3.ケントリッジの関心
後半には、錯視を利用したステレオスコープによる作品や、円筒形の鏡像を利用した作品が出てくるが、「これらはケントリッジが見るということに関心をもっているために制作されたもの」by学芸員氏。

個人的にはケントリッジは見るということに特段関心を持っているのかもしれないが、聞くという行為にもまた同等の関心を寄せているように思う。でなければ、あんなにも映像と音楽が共鳴した作品を制作できるはずがない。
映像と音楽の融合につながるかどうかは分からないが、来月だったかNYのメトロポリタン劇場のオペラにも携わるとのこと。う~ん、ぜひ見てみたい。どんな舞台芸術が飛び出すのだろうか。

そして、1回目で気に入った映像作品で「蚕のようなものが星座」になる作品の「蚕」の正体が実は「蟻」だったとトーク解説により判明。蟻の画像を反転したものだった。
言われてじっくり見なおしてみたら、確かに蟻の形をしている。

「見る」ことだけでなく、ケントリッジの関心は旧ソ連、ロシアにも向けられている。
2008年制作の≪俺は俺ではない、あの馬も俺のものではない≫には①ショスタコービッチの「鼻」(どの部分が鼻なのかが解説でやっと分かった、間抜けな私)、②ロシアアヴァンギャルド(幾何学文様の映像作品)、③ブハーリン(政治家)などを作品化したもの(あともうひとつあったと思うが失念)。
が、もちろんその意図が分かれば分かったでよいのだけれど、最後の学芸員氏の言葉が私には一番嬉しかった。
「・・・と解説して来ましたが、僕の感想を言わせていただくと『映像と音のシャワーを楽しんだ』です。」

なお、同じくギャラリートークに参加されていたテツ様のブログをご紹介します。
「中年とオブジェ~魅惑のモノを求めて~」


そう!小難しいことを考えずに映像と音のシャワーを目一杯浴びて欲しいと私も思います。
そして、2回見てもやっぱりケントリッジのドローイング作品には目を奪われる。これは図録ではなくやはり実作を見てでないと感じられない強さなのです。

トーク最後には、5年後か10年後にケントリッジ展の開催を匂わせる発言もあり。これも楽しみ!

*2月14日(日)まで開催中。土日は混雑しそうです。

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21世紀のxxx者さま

おはようございます。
私の後輩など、最終日前日に行ってヘッドホンの
存在にさえ混雑のあまり気付かなかったようです。
初日は快適だったのですが。

本当にゆっくり楽しめず残念でしたね。

No title

こんにちは
この展覧会に私も行ったのですが、ひどい混みようもあり、あまり理解できずに帰ってきました^^; この記事を拝見して、なるほどなーと、かなり参考になりました。ありがとうございます。
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